クマログ

Mr.Children、音楽、映画、家事、ライフハック、考え事について、森から熊が発信するメディア。

ブログ100記事を達成して感じたこと。数字には無い喜びと財産。

ブログを書き始めてもうすぐ1年


僕の記事は、節目の100記事に届いた。

けど、そこで僕が感じた事。



本当に只の通過点じゃん



そう、100記事書いたなって感傷に浸ったのは一瞬。もう次の事を考えてた。



僕にとっての100記事は単なる数字で、大事なのはここからだよね。

3つの目標はどうなった?

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僕は以前50記事目で、こんな記事を書いた。

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そこで3つ目標にかかげている。
漠然とはしているが、その時の自分の気持ちだ。振り返ってみる。

100記事書く

はい、今書いているのは100記事目です。これは達成した。
というか悩みまくってキーボードを打つ指も碌に進まず、滅茶苦茶に時間もかかったこの1記事目から、はや11ヶ月。

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本当によく続いた!笑
というか休みの日にブログを書かない日は無かった!自分でもこんなにも生活の一部になるとは思わず…

糖質控え生活、日々の筋トレ、早寝早起き…
今まで自分でチャレンジし始めた事で、こんなに続いた事なんてありませんでした。

そう考えると、ブログに対してかなり意欲的に取り組めているんだな〜と、感じてます。
あ、ランニングは今でもやってます。体と心いい感じです。

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100なんて単なる数字ですが、自分がやってきた事を振り返るには一つの良い区切りかなと考えています。
自分でも未知の物に飛び込んで、100個積み上げた物があるって考えれば少しよい気持ちになります。


縛られない

体裁や難しい事を気にした文章を背伸びして書かない。
SEOや執筆技術にこだわらない。

これは結構達成できたんじゃないでしょうか。
50記事過ぎ辺りから『とにかく書く』という事に徹底しました。

妻には「もっと宣伝するべき」とかよく声をかけられましたが、自分ではこれで良かったと思ってます。
会社を大きくする事を考えると事業部をたくさん作らなきゃいけないのと同じ。
自分一人の頭とスキルと体力では、今は正直そこまで気が回らない。


とにかく書くというマインドでいると、自然に内容は大好きなMr.Childrenの記事になった。
技術や体裁に縛られないで、自分の思うままに書けた。

結果としてMr.Childrenの記事はSmartNewsに2度転載されて、すごく自分の中で自信がついた。

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やっぱり小手先の技術や理論ではなく、想いが乗っかった物がちゃんと人に届くんだなあ…
自分の好きな物の表現が、人に伝わるって凄く嬉しいしやりがいが生まれます。

というか当たり前ですよね。

10記事書いて少ないデータで良い方法をこねくりだすより、100記事のデータで振り返った方が深く良い分析ができる。

サハラ砂漠の中で感動するような歌を唄っていても、誰にも注目されない。
渋谷のスクランブル交差点で唄えば、通り過ぎる人の中で誰かしらの目に止まる。

とりあえず渋谷を目指そう。僕が目指すのは渋谷だ。


もっと色々な事を吸収する

これはちょっと点数としては70点くらいでした。
勿論ブログをやる様になってから、ありとあらゆる物に対して『気付き』『考える』クセが生まれました。

それをブログに活かせる様になったんですよね。


じゃあ足りない30点はどこか。

それは、吸収する時間が足りなくなったんです。笑

僕は家事や趣味を大事にしていて、毎日充実しています。
そこにブログ執筆の時間が食い込んできます。

するとアウトプットの時間が増え、インプットしている暇が無くなったんです。

本も読めなくなったし、ボーっとする時間も少なくなった。
能動的な生活になりましたが、ここはもっと上手く時間を活用していきたいと思ってます。

なんせインプット無しに良い記事は書けませんからね!

でもたくさんの事を吸収しようと動いて、色々な事に実りがあった1年。
充実してた。


一番大きく感じた事

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10か月余りで100記事に到達し、ブログを書くという行為が生活に根付いた近頃。
一番大きく気付いた事があります。


良い物を褒めるのは難しく、悪い物を腐らすのは簡単

これを大きく感じたんですよね。


僕はブログを始めてから少しして、Twitterも始めました。
趣味の幅も広がり、価値観の共有や発見もできました。すごく面白いんだなって感じてます。

けれど、一つ目につく事が。

半匿名性であり簡単に呟ける特性から、誰でも簡単に物事に対して物言いをしているんですよね。
勿論当たり前です、正しい使い方です。だから世界中に広がっているんだし。

だけど目につく批判のコメントや、集団でイイねに乗っかって対象物を楽に否定する快楽。

こういった事が多く見られる理由は簡単で、物申す事で自分が評論家にでもなった気がするから。
そこに愛が無ければ、ただの落書きと一緒。というかただの落書きなんですけどね。

ブログを書いている身として感じたのが、自分の意思や考えの表現って難しいなって事です。


物事に対して「これはダメ、つまらない、ひどい、最悪」って言うのって凄く簡単な事だと思うんですよ。
ちょっとネットの画面から引っ張ってきた言葉や言い回しを使って、さも自分の意見や周りの総意の様に批判する。

批判された物ってもしかしたら凄く可能性があるかもしれない物かも知れないし、まだ拾い上げて磨きなおす事ができる物かも知れない。

けどインスタントに叩いて自分を保てるお手軽ツールだから、つい辛辣なコメントを残しちゃう。

多分、僕も無意識にやっちゃってるんでしょうね。



けれど良い物を褒めるって

どれだけの価値があって、どこが素晴らしくて、皆にとってどういう意味があるか。

これを知らないと、本当の意味でその対象物の良い所を伝える事ってできないんですよね。

イイねが0個の呟きと1万にイイねがついている呟き。
どっちがボタンを押しやすい?
ただなんとなくボタンを押すだけなら誰だってできるんです。


けれど経験をせずその物事の大切さをわかっていない状態でボタンだけを押していると、その対象物が只のイイねが固まった泥団子の様な物に成り下がっちゃうと思うんです。

たくさんのイイねがついた物が本当に良いとは限らないですよね。
何か間違った方向に進んでしまっている時だってあるし、決してイイねしている人全てがその物事の本質を感じ取れている訳ではない。

だからたまにありますよね?
「えぇ…?今これが支持されているの…?世の中はこっちに引っ張られてるの…?」ってもの。


どんな物にだって表と裏の二面性がある。
その間にあるグレーな部分を捉える力を持って、物事を良くしていく。


本当に良い意見を言えるのは、その裏面の悪い部分がしっかり見えているからだと思うんです。

悪い部分を認識できるからこそ良い部分の本当の良さに気付くことができ、対象物の価値を上げる行動を取り意見が言える。

これこそが物事を評論する難しさであり、大切な部分であると僕はこの数ヶ月で感じました。


だからこそ自分のブログはそうでありたい。
物事の価値を提供し、皆で共有できるきっかけを作る事ができるツール。

泥団子を固めて腐らすのではない。日常に落ちている石を磨いて、光り輝く様になるくらいの言葉を届けたい。


表現をする人、批判をする人。
経験を積んだ人、見聞きしただけの人。
肯定的な意見を述べる人、否定的な批判を吐く人。


様々な人がいるこの世の中で、自分らしく発信できる場所。
それが、この数ヵ月で作る事のできた『僕の居場所』でした。


好きな物に気付ける幸せ

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僕はブログを通して大きな経験をしました。

それは、何度も書いていますがMr.Childrenの事です。


もともとオタクとして愛情に溢れていました。

けれど自分で文字に起こして感情を整理し、表現する事がこんなにも意味のある事なんだと感じました。



21年間好きだった物の中に、新しい発見をできた事。
自分の考えや気持ちに気付けた事。同じ種類の気持ちを持った人との出会いや共有。

ブログの記事はSEO的に力を蓄積して、財産になるって言いますよね。
けど僕にとってこの記事たちは、本当の意味で財産になった。

この21年間で曲を聴き続け、これ以上新しい発見や感覚に出会える事なんて無いと思っていました。

こんなにも新鮮に心を躍らせる事ができ、涙を流し、深く心に留めておきたい感情として胸に響く音楽。

もう一度新しい自分として、好きな物に向き合うきっかけをくれたのが、ブログでした。


そんな自分のブログを書いた経験だけでも最高だったのに、更に嬉しい事が。

それは、皆さんからの温かな言葉でした。


今までSNSもやっておらず、自分の好きな物の素晴らしさを共有できるのは妻だけでした。
そんな妻が勧めてくれた、新しい自己表現の形。

好きな物を表現している時は、時間を忘れる。熱量が圧倒的に違う。

メディア媒体にも2度転載されて、自分の書いた物が様々な人に届いた出来事。


アクセス数がぐんぐん伸びていく。2、3秒ごとに変わっていくリアルタイムの読者数。
まさに今数百人数千人の人が、自分の記事に日本の何処かで触れてくれているという不思議な感覚。

ページを開いてすぐに閉じられたかもしれない、興味深く読んでくれたかもしれない。
直接温かい言葉を貰える事もあった。


自分の独り言で終わっていた事が、今は誰かに影響を与える事ができている。
それが誰かの心の片隅に僅かでも残っている事が、凄く嬉しかった。


100という記事に到達したからじゃない。
上手く書けるノウハウを学んだからじゃない。
誰かに用意された題材じゃなく、強いられたやり方でもない。


その瞬間にやっとわかった。自分の書きたかった事は、きっとこれだったんだ。

自分を表現する事を怖がってきて避けてきた僕が、やっとたどり着いた一つの場所。


これは、人生で経験してきた何にも替え難い感情だ。僕だけの物だ。


これから

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100記事についてただ自分の感情を書いてみたけど、これは本当に通過点だ。
何も知らない僕が、ブログの事を調べ始めて多く目にした『とにかく100記事書く』という文字。


それは本当に、ただの数字でしか無い。
ブログで多くの繋がりを作れた人もいる、ブログで稼いでる人もいる。

だけど自分にとってブログは、人生を変え始めてくれた物。

この1年は本当に意味があって、大きな変化の年だった。

人生が楽しいと、真正面から言えるようになった。
誰かに心からの自分の言葉で、助言をできる様になった。
心に余裕が生まれて、人に優しくなった。



ブログを始めて100記事という題名で、ここに来てくださった皆さん。

僕が今言えるのは

『大事なのは数字自体じゃなくて、それまでに自分が感じた事全て』


きっと100個くらいの経験を積みあげて時間を過ごせば、本当にあなたが好きな物や必要な事が見えてくるよ。

こんな月並みな事しか言えないけど、多分それが今自分が伝えられる言葉です。


もっとたくさんの事を吸収して、多くの事を伝えられる様に。


これからも、書いていこう。もっといい景色を見よう。

そして、一緒に何か始めよう。前に進もう。

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