クマログ

Mr.Children、音楽、映画、家事、ライフハック、考え事について、森から熊が発信するメディア。

涙もろくなった。涙を流す事で感じる、生きている実感。

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最近、涙もろくなった。



ここ一年の事だ。





30代になったから?

色々な事を経験したから?

心が弱くなったから?




どうしてだろう。





感情がすぐに、涙として流れる。



涙の理由を探してみる

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そう、涙を流すたびに思うんです。

「あ…また泣いてる」



アベンジャーズを観てトニーが死んでも

Mr.childrenのコンサートでメンバーの演奏を聴いても

オードリー若林の『ナナメの夕暮れ』を読んでも

岡崎体育さいたまスーパーアリーナで叶えた夢の舞台を観ても

同僚と仕事でヒートアップしても

Mr.Childrenを聴きながら楽曲の考察記事を書いていても

広告会社が制作したバリっバリに泣かせにきてるウェブムービーを見ても



とにかく泣く。




ポロっと涙が落ちるときもあれば



せき止められない想いの様に、ボロボロこぼれ落ちる事も。



どうしてこんなに涙もろくなったのか。




初めは、ただ歳のせいだと思っていた。



所謂『30代に入って様々な事を経験し、柔らかく人間性と共に涙腺が緩んできた』とかそういう類。



でも考えた。
30代って言ってもまだ前半も前半だよ?


こんなに早くお爺ちゃん化していくのか?



いや違う、もっと他に何かあった筈だ。

大きな理由が。


涙の理由に気付けた

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ある日、自転車に乗っている時に考え事をしていたら気付いた。

自転車やランニングをしている時って、心がふっと無になる様な瞬間がある。(←危ない)

スーッと考えの向こう側が見える事がある。



それが繋がった時が最高に清々しい気持ちになる。



先週末に流した涙のワケを、自転車を走らせながらぼーっと考えていた。


梅雨に入りひさびさの晴れ間。
川にかかった橋を登りきって、景色を横目に見た時



絡まっていたイメージの糸が、ピンっと真っすぐになった様な感覚を感じた。


その瞬間、考え事の答えが見つかった。




答えは簡単な物だった。



身の周りで起きる出来事の全てを『自分事』として感じられる様になったから。



これだって思った。


これしかない。
自分の感情が動かされ続けていた理由は。


避けてきた

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それまでは自分に自信が無かったから、様々な事を避けてきた。

誰かに弱さを指摘されるのが恐くて、自分をごまかしてしまう。


どうしてこうなった?


自分には関係ない
自分は知っている、大丈夫。


目立たない様に、自分の弱さを知られないように、傷つかない様に。


自分の小さな心を守る為に、遠くから物事を見てきた。



仕事も、人間関係も、世の中の事も、大切な事も。


自己肯定感が低いのはわかっているよ。
けどそれはどうやれば拭える?

だれが一つずつ強くなれる方法を教えてくれる?


『主体性を持てるようになりたい』『自分らしくいたい』

口に出す度に、心の中の自分は目の前の景色に目を背ける。



面倒な事に巻き込まれなければ、自分は『自分』でいられる。


居心地が悪い所から逃げて、自分だけの居心地がいい場所にいただけ。



だから自分の人生じゃなく、いつも誰かの目を気にして他者の人生を生きてきた。


誰かの正解になろうとして、自分の正解が欲しくて


自分の意思なんて、無かった。


意思なんてないから、涙も流れない。

悔しくないし、辛くない。


予防線をしっかり張っているし、舞台の上には立っていないからね。



生きてるとは言わない。ただ死んでいないだけの毎日。


弱さに気付く

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去年の夏に、妻に言われた言葉がある。


くつろぎながら、有名人の話をしていた。


会話の中で妻を笑わせようと、その人に対して冗談を言ってみる。

相手をわかった様に言って、話のネタにする。悪い所だ。



ふっと妻が一言。


「きっと羨ましいんだね、その人の事が」





え?羨やましい?
いやいや、違うよ。

面白おかしく揶揄してるんだよ。
場を盛り上げようとして。



けど、心の中の自分はわかっていたのかも知れない。


そこから気の利いた事なんて、何も言えない。




小さくて、恥ずかしい。


テレビに映っているこの人は、こうやって色々な人から揶揄されたり心無い言葉を浴びせられてる。


けどこんなに笑顔で頑張ってる、輝いてる。




じゃあ自分は何やってるんだろう。

え?何やってんの?




認めて、変わらなきゃいけない。



こうやって自分に大事な事を言ってくれる人って、周りで限られてるよね。

この気持ちやチャンスを活かさなくてどうする。


そこから僕は少しずつ変わっていった。



自分は弱い。

じゃあ弱いなら何をする?



弱さを認める。人の良い所を吸収する。



まだ遅くない。
年齢じゃない、環境じゃない。



ここからだって始められる。


自分事と感じて吸収する
自分ならどうするか?を常に考える
憧れの目標に一歩でも近付く



『自分』に胸を張れる何かを求めて。


動いた心から流れる涙

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それから少したってからブログを始めた。

たかがブログ、誰でもできる。


でも、実際やっている人はどれくらいいる?

ブログに限らず、何か行動をしている人は?


自分は知らない事ばかり。

けどそれは皆一緒だ。


皆が知らない事を、自分は伝えられるかも知れない。



自分の弱い所は知ってる。じゃあ強い所は何なんだ?


得意な事、自分にしか知らない事があるんじゃないのか?



自分も誰かに認めれたい。影響を与えたい。



素直なその気持ちが、ブログの記事と共に積みあがっていった。



趣味の事、生活の事、普段考えている事。

こうやって書いていても、誰が見ているかわからない。
誰も見ていないかもね。



けど、自分の経験や気持ちを表す事の大切さをこの身で感じた。

自分の得意な事の発見や、気持ちの奥底に初めて気付けたりした。



毎日が楽しくなった。小さな事だけど、生きてる感じがした。



そんな表現をする様になってから、吸収する意識も変わっていった。



憧れはより強く
表現者のエネルギーに、より感銘を受ける
自分の経験の引き出しから気持ちを取り出し、感情を重ねられる様になった



様々な事に『心が動かされる様になった』


俯瞰目線で見ていた物事が、自分が感じる情報や景色として心に入ってくる。



だから涙が出る。

素直に感動しているから。



涙がこぼれる時の感情なんて単純だ。



『ああ…すごいな。』
『わかるよ、この気持ち。』



こんな当たり前で、拙い言葉でしか表現できない。



だけどこれが、今の自分にとって最高に嬉しい。



確実に自分の日々や人生の一部になっている実感があるから。




涙が出るって素晴らしい事だよ。


目の前の人の表現の素晴らしさを感じたり
自分だったらどうするかと考えさせられたり
他者の気持ちと自分の気持ちが通い合えた瞬間であったり


とにかく、自分が生きていないと有り得ないんだ。



自分のふがいなさに一人で涙をする事はあっても


目の前の出来事に対して、感情を素直に表せる。



だからきっと泣けるようになっただけじゃなくて


笑える回数も増えたんだよな。



今これを書いていて、もう一つ気が付けた。




目の前の出来事を、一つひとつ汲み取れる様に

今日も、自分にしかできない事を。