クマログ

kumaが家事や音楽や映画や考え事について静かに綴るメディア。

退屈なブログ

前回、こんな記事を書いた。

www.housework-kuma.com


自分の心からの気持ちを文章にした。



すごく、心が透き通る感じがした。


多分これが、自分の伝えたい事なんだ。



上手く伝えようとした

f:id:mori-no-kuma:20190621144302j:plain

いくつかブログを書いてきたけど、こういうパーソナルな部分はあまり書かなかった。


ブログを書く上で、何か絶対的に有益な情報を書かなければいけないって思っていた。


だから言葉づかいや文章の形式、まとめ方…


他人の成功例を真似ようとしてた。


こう書けば、きっと相手に伝わる。良く見える。応えてくれる。


けれど、そんな事は無いんだよな。
自分が一番よくわかってた。




好きな物を書いている時は、伝えたい熱量が違う。

明らかに内容が濃くて『好き』が表れているから周りの人が賛同してくれる。


Mr.Childrenの事を書いている時、自分は限りなく集中できる。

www.housework-kuma.com

www.housework-kuma.com


平気で4、5時間くらい画面に向かい続けてる。


それだけ『伝えたい強い思い』があるんだ。



じゃあそれ以外の内容はどうだ?


一言で言うと『自分じゃない』



これは誰が書いてるの?

普段こんな話し方してる?

かしこまった表現で何が響く?



自分で書いた文章なのに、退屈な本を読まされてる気分になった。



読み物って、誰かのエネルギーや思いがあるから面白い。


必死にその人が持っている思いや情報を伝えようとしてくれているから、引き込まれる。

次のページをめくりたくなる。

その人がどんな人か見える。

ファンになる。




記事を書くときって


どんな人に読んでもらいたいか
どんな人に伝えたいか


相手を想像して書くのが、大切な事。

複数の人に万遍なく、八方美人な文章なんて刺さらない。


だから人の顔や、特定のイメージをつくる。

恋愛に悩んでいる人
仕事が上手く行かない人
家事が不得意な人
人間関係を良くしたいと思っている人
好きな物を共有したい人

その人に向けて大事なメッセージを書くように、ブログを書くんだ。


けど、僕は違った。


自分をありのままに出していない。

というか


Aさんの為の自分

Bさんの為の自分


といった感じに、人によって自分のキャラクターを無意識に変えていた。



こんな人が書いた文章、中身がある筈が無い。


書いた人だって、書いた実感が無いよ。

『自分』が書いてないんだから。



この一年間で生き方に変化がつき、自分を取り戻したつもりだった。


けれど、まだ足りない。

『自分』を見つけよう。


自分を探して

f:id:mori-no-kuma:20190621144257j:plain


じゃあ僕に書ける文章ってなんだ?


Mr.Childrenや音楽、映画が好きなのはわかる。


きっとそこは伝わっている気がする。

心からの声で、思いを文章にのせる事ができているから。


だから嬉しい言葉もたくさんもらった。

きっとこれが、みんなから見えている自分なんだ。


独り言や自分だけの遊びで終わっていた行為で、相手に影響を与える事ができている。


自分の夢中になっている事を、他の誰かと共有したい。


共有するには?自分が発信しなきゃ駄目だ。
発信すらできなかった人間が、今やっと書き続ける事に慣れてきた。



じゃあ、その夢中になっている事以外はどうだ?


自分の考え事や生活の知識を、マニュアル本みたいに説明するだけのブログはもういらない。



自分の気持ちがのらないなら、書かない方がマシだ。


自分が読み返して退屈なブログが、読む人にとって楽しい訳がない。



文章力なんて無い。構成の知識や、語彙力も無い。

知らない癖して、そんな物を見せようとするからつまらないんだ。



自分を隠すな。背伸びするな。自分に正直でいろ。



背伸びして書いて、読んでくれる人を広く浅く増やして嬉しいか?

本を開いて、1ページだけ読んで閉じられる文章を書いて満足か?



自分が書きたいのは


本を開いてくれた100人のうち

ページの途中に栞を挟んでくれる様な人が、1人でもいてくれたら、それだけでいい。



99人に

文章力が無い、自己満足だ、全く響かない、日記帳に書けば良い

と言われても



1人の人が


「その気持ち、わかります」と言ってくれる様な

「ありがとう」と温かい言葉をかけてくれる様な


そんな文章が書きたい。




それだけで、次の文章が書ける。


その成功と喜びが、またひとつ自分を作っていく。


自分を表現して残そう

f:id:mori-no-kuma:20190621144254j:plain


そんな感謝の言葉をもらえるって、すごく素敵な事だと思う。


だって日常生活を送っていて、誰かに「ありがとう」って言われる事って少ないよね?


僕だけですか?笑



朝や夜に妻から声をかけられるか、昼間に仕事で同僚に言われるか

この二つくらいしか無いよ。



そんな中でもう一人言ってくれる人が増えるって、凄い事じゃない?

2人が3人になるんだよ?しかも知らない場所にいる人や、見ず知らずの人から感謝の言葉を掛けられる。


そんな毎日を送りたい。



じゃあそんな自分になるには?


ここで、頭に少し触れた自分の記事に戻るんだ。


『自分事として物事に関わる』


これだと思う。



『世界の秘境で旅をして全てをその目で見てきた人』と『秘境の事を全て本で読んで完璧な知識を話してくれる人』


どちらの人の話を聞いてみたい?


多分殆どの人が、前者の話を聞きたいと思う筈。

『経験』しているからね。頭でわかった気になっている人より、何よりもリアルで言葉に重みがある。



それはきっと日常生活でも同じ。


本やネットで拾った知識を自分の言葉に替えて伝えても、きっと相手は退屈だ。情報以外は何も感じないと思う。


だから色々な事を主体的に取り組んで、思い切り感情を乗せる。


初めて作った料理の失敗
晴れた日の自転車の気持ちよさ
街で見かけた魅力的な人
昨日聴いた新しい音楽
家事の中に見つけた楽しさ
話をした相手から感じた大切な感情
自分の体のメンテナンス
仕事が辛い時に持ちたい気持ちの切り替え方


なんでも良い。小さい事で。

それが日常だし、僕の文章だ。僕が伝えられる精一杯の思いだ。
そうやって毎日が積みあがっていく。


みんな日常を良くするヒントを知りたい。
自分はもっと素敵に在りたいって思っているから。


だから、大きな感情や誰かが残した思いが見えるメッセージが響く。



そして、僕はそんな気持ちが入った文章を書いていきたいって思ってる。

自分で納得できない気持ちや感情の入らない文字や風景は、心の中に書けばいい落書きだ。
思いや気持ちが投影されるから、誰もが認める表現になる。


これを書いている今も、誰に届くかなんかわからずにただ書いてる。

けど、誰かに届けばそれでいい。

誰かの心の中に、自分の心の中に
少しだけ何かが残ってくれれば。


その為に僕は今、毎日を生きてる。

素直な自分を、ここに表現する為に。

www.housework-kuma.com

www.housework-kuma.com