【Mr.Children】僕が[(an imitation) blood orange]を聴かない(聴けない)理由 後編『希望のまがい物』

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こんにちは、kumaです。

 

前回の全編では[(an imitation) blood orange]内で表現される、『2つの夢』について考察していきました。

こちらを見ていただくと、より楽しめる内容になっています!

https://www.housework-kuma.com/entry/blood_orangewww.housework-kuma.com

 

後編の今回は、彼がその夢とどう対峙していくのか。
そして、いかに希望を見出していくかの軌跡を追っていきます!

 

僕が [(an imitation) blood orange]を聴かない(聴けない)理由 後編『希望のまがい物』

 

[(an imitation) blood orange]
01. hypnosis
02. Marshmallow day
03. End of the day
04. 常套句
05. pieces
06. イミテーションの木
07. かぞえうた
08. インマイタウン
09. 過去と未来と交信する男
10. Happy Song 
11. 祈り ~涙の軌道

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確かな夢を追い求めて

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苦しみと迷いを抱え、道を探し求める桜井さん。

『pieces』では後悔しながらも、夢に進んでいこうという意思が表現されています。

軌道を逸れて 放り出された夢が 夢が萎んでく
どこかに不時着しようかって頭をかすめる
粉々になったら 匂いに紛れて 君の元へ飛んでいくから
そのときは思い切り 吸い込んでよ

『常套句』のPVで映っていた人の顔をした球体。
彼が空に打ちあげた思いは届かず粉々の雪になり、あなたの元に降り注ぐ。

僕らはひとつ でも ひとつひとつ
きっとすべてを分かち合えはしない
互いが流す涙に気付かずにすれ違って
今日も ここにいる

『SENSE』で自らと聴き手は切り離す事ができない存在だと受容し、力に変えた彼。
けれど今はそんな力に届かない、悲しむ気持ちを吐露しています。

互いを思って涙を流しているはずなのに上手くいかない。決して交わる事は無い。

その空白はね これから僕等が 夢を描くための余白
いつか描いたやつより 本物にしよう

また僕らの夢が交わるとき、昔より強い物にしよう。
空白を意味のない空間と表すのではなく、余白という希望をもった表現にして提示しています。

また次の一歩を踏み出してみよう

さぁ 次の余白に続きを描こう

気持ちにひとつ区切りをつけ、彼は進んでいきます。


降り注いだ思いは、きっと誰かの心を癒す。
『イミテーションの木』で主人公は気づきます。

風に乗って響いてく音 火薬の匂い
打ち上げられた花火に夢を重ね見上げていた

空に打ち上がる思い、希望として皆の心へ響いてほしい。

深く沈めた記憶 向こう岸に捨てた憧れ 青臭い恋のうた

若い頃に歌った、自分のエゴだけを表した思いの歌。

時間は残酷 もう魔法は解けてしまった
過去ばかりが綺麗に見える 現在(いま)がまた散らかっていく

そんな若い頃(自我開放とエゴ)の歌や、自信のあった頃(POP再検証)の歌を唄っていた頃が懐かしい。

桜井さんのこの頃、スランプに陥っていると雑誌で発言しています。

シフクノオトあたりから、元々歌いたい事なんてもう無い(他者の為だけに歌っているので)と言っていた彼。

本当に何をしたら良いかわからない辛い気持ちが伝わってきます。


 

イミテーションの木の下を 少年が飛び跳ねている
それをみた誰かの顔がほころぶ
情熱も夢も持たない張りぼての命だとしても
こんなふうに誰かをそっと癒せるなら

ハリボテでまがい物の様な歌でも、誰かを癒すことに繋がっていくなら。
もう歌える事(歌いたい事)なんてないけれど、それが自分にできるのなら。


ビルの中に生えている木。
商業ビルやオフィスビルの中にある緑の様に『作られて演出されたもの』だとしても、誰かの力になりたい。


そしてそんなまがい物が唄う歌。
再び、強い意志を持ってあなたへの歌を唄い始めます。




『かぞえうた』

許されたいと思って作ったし、それをライヴでも歌ってたけど…
自分に対する猜疑心というか、『本当か?』っていう気持ちが全くゼロで歌ってたわけではないし。
同時に本当に歌のように、稲穂の様に柔軟で強い―そんなふうに人間の心は強いもんなんだって願いたい気持ちみたいなものが同時に存在していたんですよね。

MUSICA 2015年1月号 桜井和寿インタビューより


この歌は震災があった3.11になぞらえて、曲中の3分11秒に大切なメッセージが込められています。

僕らは思っていた以上に 脆くて 小さくて脆い
でも風に揺れる稲穂のように
柔らかく たくましく 強い そう信じて

虚像として皆へ伝えたかった言葉でもあり、自分自身にも宛てた言葉。

一人の人間として。歌う意味を見出し始めた彼の魂が、音楽へと姿を変えた楽曲です。


まがい物が導く希望

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桜井さんは以前、『年末の煌びやかな街の様子や、忙しなく楽しそうな人たちが好き』と言っていました。

そんな発言とは異なる、少し寂しそうな年末の情景を唄った歌『インマイタウン』

 

処が変われば 己も変われる 戯けた姿も生きる道
瞳を閉じれば 自由は広がる 虹の橋 渡ろう

ここは、以前いた場所とはもう変わってしまった。
そんな中で自分は変わった。道化の様に他者から求められても受け入れることができる。
心の中には今でも昔見た、虹や自由(夢や憧れ)がある。

リズムに合わせて どこでも踊れる ほどけた靴ひもでも踊る
両耳塞げば 未来は広がる 大きな夢 描こう

周りの環境や求められる物に合わせ、不安定な足元でも期待に応えようとする様。
瞳を閉じ耳を塞げば、自分の心の中の夢は応えてくれる。




桜井さんは『過去と未来と交信する男』に関して、ライブで一番やりたかった曲と発言しています。
震災に対して明るい希望を歌ったというこの曲。

本人は聴き手に向けて歌っている様なニュアンスです。
しかしその内容を見ると、もう一人の自分に対して歌っている様にも見えます。

わかっています 皆が私を見る懐疑的な目
『虚言癖のある怪しい奴』とのレッテル

自分の歌っている事は虚構であり幻想。

愛や希望なんて夢みたいな事をいつまでもと歌っている信用できないやつ、という自らを卑下したイメージが表れています。

とても愛してくれた
その人に心当たりがあるんではないですか?
思い出せる?
そして今でもあなた優しく導いてる
耳を澄ませばあなたにも聞こえるはずです。

疑心暗鬼になっていても、あなたの事を思ってくれている人はいる。
心の声を聞けばきっとわかる筈。

安らいだ未来が見えます。
暖かなひだまりの中にあるベンチにあなたは座っている
だから心配はいらない 慌てずに行きなさい
あなたが今歩く この道を
とても愛してくれる誰かがあなたを待っている
それが今の私に言えるすべて

ここはもう考察するまでもなく、自分自身に言い聞かせている様に聞こえます。

聴き手と自分をもう一度信じて、夢へ進みだせという自己暗示。云わば催眠です(hypnosis)



希望を持った自己暗示で、同じように自分を奮い立たせる『Happy Song』

少しだけ仕事をほっぽって
もうどっか遠くに行こう
軽井沢 ハワイ いや エベレスト
世界中をひとしきり空想

彼はまだ空想の中にいるのでしょうか。

目粉るしく変わっていく世界に
ちょっと足がすくんでしまいそうな近頃
まるで 前へ倣(なら)えの 右へ(なら)えの 優等生モード

震災当時は誰もが何も信じられなくなり、周りの意見に同調してしまう空気が生まれました。

出る杭は打たれ、同じように桜井さんも歌う意味を見失っていました。

でも I believe 相も変わらずに
いつだってこの胸に流れる
悲しいほどにハイテンションな
Happy Songを歌おうよ

それでも自分を信じ、自らの胸の中にある歌(今まで彼らが歌ってきた)を歌ってい進んでいくと決めた。

通りすがりの人が 憐憫(れんびん)の表情を浮かべるも

非難をする人や、いつまでMr.Childrenらしさなんてやってるんだと憐みの目で見られても。

どういう未来が待っていようとも
向こうの景色を僕は見に行かなくちゃ
きっとウンザリしたり凹んだり
新たな敵が道を塞いでも さぁ!

自分探しの旅が終わっても新たに対峙するものができるのは、表現者としての宿命でしょうか。
けれど彼は強く、確実に一歩を踏み出し始めました。



アルバム最後の曲『祈り~涙の軌道』

この曲には辛さを感じながらも強く、そして繊細に希望や夢へ手を伸ばす桜井さんの気持ちが静かに描かれています。

もちろん悩んでいる最中にできた曲なので、不安な気持ちは拭えない歌詞が見て取れます。


PVで映る映像の半分は、常にぼやけています。

これは涙が浮かんでいるからなのか。それともまだ夢の中だからなのか。

 

覗き込むような目が嘘を探してる
馬鹿だな 何も出てきやしないと笑って答える

他者からの視線を恐れる気持ち。
自分が歌う唄は、皆の希望になれているんだろうか。そんな自身の無い様子が表れています。

さようなら さようなら さようなら
夢に泥を塗りつける自分の醜さに
無防備な夢想家だって誰かが揶揄しても
揺るがぬ想いを 願いを 持ち続けたい

自分自身を信じ切れなかった後悔。

そんな歌は誰にも信じてもらえる筈がない。
ミスチルは夢とか希望とかいつまでそんな事やってんだ。

たとえそんな声を聴いても、この思いを持って進み続けたい。

自分を信じなかった自分に、別れを告げて。

 

迷ったら その胸の河口から
聞こえてくる流れに耳を澄ませればいい
ざわめいた きらめいた 透き通る流れに
笹船のような 祈りを 浮かべればいい

自分が流した涙は、思いの川となって胸に流れる。
だから立ち止まった時には、自分の胸に応えを聴けばいい。

笹船に乗せて流した優しい思いは、いつか誰かに届いて希望となるから。


 

音楽がもたらす物

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私も震災で価値観が大きく変わった一人です。
もちろんこのアルバムを聴くと、震災の辛いイメージが頭に浮かびます。

そしてもう一つの聴かない理由。

苦しみながらも、他者に光を提示しようとする彼の心情を感じるのが辛いからです。

勿論好きな曲もありますが、全体としてそのイメージが拭えないんです。



このアルバムを引っさげたツアーは、20会場40公演という数にのぼりました。

彼らとしては、曲を少しでも多くの人へ届けたいという気持ちだったんでしょう。
普段はなかなか公演をしない会場なども、多く含まれていました。

桜井さんは、自分たちの充実度も凄く高い物だったと話しています。

これはつまり私たち(聴き手)だけでなく、彼らも私たちから元気を貰っていたからだと考えています。

どちらかが与え、どちらかが受け取るというギブ・アンド・テイクではなく、僕たちとお客さんとか、まるで鏡合わせのようになっていて、お互いが支えあっているようなライヴという…


だから私は、ライブ作品を観るのは好きなんです。

私たちも彼らも、楽しそうにしているから。
音楽と笑顔で溢れている時間がそこにはあるから。

彼がなぜ、ライブを好きになっていったか。

それは皆の虚像として機能するよりも、直接自分を必要とされる実感ができるからです。

作品における売上の数字でもなく
街に映る自らの虚像としての姿でもなく
巷で溢れる噂話でもなく


『あなたが必要です』と笑顔で手を差し伸べてくれる人たちがいる。


アルバムには苦しい心の内が投影されています。
だから彼は、私たちと会える事を何より楽しみにしていたんだと思います。


このアルバムを消化する事でまた『他者に必要とされる自分』と『希望を与えられる虚像』への自信を取り戻していきました。


だからこそ自信をつけて溜まったエネルギーを全て注ぎ込んだ思いが、次の『REFLECTION』という大傑作に繋がったんでしょう。


彼も私たちと同じ、一人の人間です。
笑い、怒り、妬み、苦しみ、悲しみ、生きる。


そんな歌を今日も誰かが必要としている限り、彼は歌い続けます。

希望のまがい物として。

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