【東京事変】ニュースフラッシュ ライブビューイング、日比谷が豪雨の新宿になった夜。

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9月14日 月曜日

僕の足は日比谷にある映画館、TOHOシネマズに向かっていた。

映画が好きな僕からしたら、映画館という場所は慣れ親しんだ風景でもあり特別な空間でもある。

ただ今日は、一つだけ大きく違うことがある。

 


今日は、東京事変のライブを見に行くということ。

東京事変 ニュースフラッシュ

ニュースフラッシュと題され、1日限り行われたライブ。

2020年に再生した彼らが行うツアーは、無観客収録のライブビューイングという形で、幕を閉じる。

解散から8年経ちながらも、彼らの人気は更に上がった様に感じる。
チケット争奪戦に漏れた僕は、今日のライブビューイングをもってこの閏の復活劇を体感する。

上映冒頭、静かに舞台が立ち上がりながら、何台にも並ぶ小型スクリーンが、様々な映像を映し出す。


椎名林檎のトラメガから放たれる歌い出しと共に、1曲目の「新しい文明開化」が演奏される。

いつも通りの5人の音圧。
緻密でありながらも円熟で大胆なテクニックで、僕らを魅力するサウンドがそこにはあった。

今目の前に映っている彼らは、最新の姿。

この胸の高鳴りはいつも通りだ。

 

しかし、ここからが違った。

カメラが引き、映し出される無人の観客席。


事前に当然のように分かりきっていた無観客という事実が今、僕の目の前に広がっている。

ライブが始まった瞬間、僕は喜びや高揚感と共に、胸を締め付けられる様な苦しさや悔しさを感じた。

「どうして、皆があそこにいないんだろう」
「どうして、あの空気を伝って素晴らしい音を聴くことができないんだろう」

気持ちの整理がつかず、焦燥に駆られる様に込み上げてくる、様々な感情。

目の前のスクリーンから浴びせられる音楽。

ちょうどひと月前に行われた、indigo la Endの無観客ライブビューイングである「ナツヨノマジック」
あのライブも同じ形態で行われた。
僕はPC画面を通して鑑賞した為か、この時は無観客という環境に大きな動揺は無かった。
寧ろ円形に配置されたセットと、メンバーによるグルーヴ溢れる演奏と演出。

困難の中に手探りで音の光を掴もうとする今の時代に、新しい価値観や希望を見出させてくれる様な時間だった。

しかしこのライブは目の前に迫るスクリーンと、圧倒的な音環境で視聴している為か、自分がどこかで目を背けている現実をリアルに突きつけられたようで(演者は意図せず)、動揺を隠せなかった。

 


けれど演奏終盤、彼らがステージの前に出てきた瞬間に僕は少し安心できた。

「ああ、大丈夫だ。同じ場所にいなくても、彼らが伝えようとしている事はわかる」


圧倒的な手数とスピードで、バンドの骨格であるサウンドをビルドアップする刄田綴色。

彼以外のメンバー。
伊澤一葉、浮雲、亀田誠治、椎名林檎が前に出てきた時、僕はここからの1時間半、一瞬たりともスクリーンから目を離さない事を決めた。

このライブはきっとウルトラCよりも能動的で、Discoveryより視覚的だ。

Bon Voyageよりも刹那的で、どのライブの姿にも重なることなく唯一無二のライブになる。

もう僕の心は日比谷にあるスクリーン前の座席ではなく、豪雨降りしきる新宿にいた。

 

演奏される「群青日和」

慣れ親しんだアンセムはいつもより荒々しく、そして真っ直ぐにこちら側へ放たれていた。

直接同じ空気を感じる事はできていないかもしれない。

 

けれど彼らが放つ音を表現するとしたら、まさに「受け取る」ではなく「浴びる」という表現が正しいかもしれない。

このどしゃ降りの雨粒の様な一つひとつの音を、僕は体中で浴びていたい。

 


浮雲作曲の「某都民」「選ばれざる国民」では、様々な角度からの報道映像や、代わる代わる切り替えられるメンバークレジット。

こういった演出が見られるのは突発的なライブイベントではなく、やはり作り込まれた世界観を落とし込んだツアー演出ならではと言える。

そんな映像から続く「復讐」では、事件を巡って浮き彫りにされる人間像が、不穏な空気と紅い照明を介して伝わってくる。

椎名林檎が取り出した、恐らく拳銃であろう(モザイク有)物が合図する次なる曲は、新曲の「永遠の不在証明」だ。

この楽曲は映画作品である名探偵コナンの主題歌として提供され、歌詞の内容もそんな登場人物たちの思惑が見え隠れする物となっている。

そして偶然の一致か定かではないが、今の世界状況にも繋がっている様な内容にも受け取れる。

喜びとは悲しみとは怒りとは灰色に悩んでいる
元々本当の僕はどこへ

目の前が白くも黒くもなく、灰色の世界が広がる様な現代。
いつの時代も皆誰しもが、本当の自分とされる存在を探すものなのだろうか。

間髪入れず繋がれたのは、あのお馴染みのビート。

椎名林檎のタンバリンと、刄田綴色のタム、そのリズムに色を付ける伊澤一葉の鍵盤。

そう、「絶体絶命」だ。

中盤の曲繋ぎは見事に感じたが、思えばこの辺りから演者も観客も少しの緊張と違和感が混ざるタームから解き放たれ、各々の体や旗を揺らし始める姿が見られた印象だ。

僕はスポーツに収録されたこの楽曲が大好きだ。
このビートを聴くだけで、ウルトラCでの5人の笑顔が思い浮かぶ。

ウルトラCではベースの機材アクシデントがありながらも、持ち前の対応力でピンチをチャンスに変えた。
まさに絶体絶命な危機さえ、彼らからすればいくらでもチャンスに演出できる。

だからこんな時代に彼らが復活した事に、僕は心から喜びを感じている。

このツアーでは、それぞれの演奏の手元や顔のアップが映像スクリーンに代わる代わる映し出され、油断して目を離す暇さえ僕らに与えない。

個々にフォーカスされたライブ演出が、最高に映える東京事変だからこそ成立する演奏と映像の妙だ。

そこからいつもの打ち込み仕様アレンジの「修羅場」だ。
思えば僕の体は、左右に気持ちの良いリズムに刻みっぱなしだった。

浮雲ソロからの伊澤一葉ソロが、1音ずつ体に染みる。


そして「能動的三分間」
シンメトリーに並ぶメンバー後ろのスクリーンには、いつも通りのカウントダウンが始まる。
もうこの楽曲がリリースされてから10年以上経つ。なのに楽曲は色褪せるどころか、いつまでも上質で洗練されたJ-POPを僕達の耳に届けてくれる。

十年間という時間は長くも短くも感じるが、三分間という誰にも変えられない終わりの約束の中には、ここにいる人たちの無限の感情が詰め込まれている。

「電波通信」が鳴らす音は、確かに僕らへと響いた。
全てはWiFi時代と歌われるような現代。
しかし世の中の価値観が大きく変わろうとしている今、便利で確実に繋がる様なテクノロジーではなく、人が確かに放つ心の電波を受け取るアンテナこそが必要だ。
そんな作られたハイファイではなく、心のままのローファイ気味な気持ちを、僕は彼女らと同期させたい。

なんと言ってもこの曲の見所はリズム隊。
刄田綴色のタイトであり、一瞬の気の緩みも許さぬ様なプレイ。
亀田誠治が魅せるアグレッシブなフレーズは、僕らの目を釘付けにする。

あれだけの手数を繰り出していた刄田綴色が、フィニッシュで体を張ってシンバルをミュートさせる。そこから間もなく奏でられるのは、伊澤一葉の鍵盤。

この静と動の表現は、どんな映画の場面転換にも勝るものがあった。

どこか物悲しく物思いに耽る様なフレーズ。
伊澤一葉は遠くを見据えながら、一音ずつ丁寧に音を届ける。
いつもと異なるアレンジで始まる、「スーパースター」

未来は不知顔さ 自分で創っていく

この曲の歌詞が、こんなに深く刺さる日がくるなんて。
今は誰しもが自分の無力さに怯え、明日を不安がっている。

曲の1番が終わると、バンドの音圧が一気に集まり、演奏に熱が入る。

椎名林檎を中心に集まる、圧倒的なサウンド。

まるでそれは、1人の人間の孤独や不安を払い鼓舞するように、周りが支えている景色の様にもに見えた。

僕らにとって、彼女らは間違いなくスーパースターだ。
そんな彼女らもきっと孤独であり、不安に押しつぶされそうになる時もあるだろう。

 

テレビの中のあなた 私のスーパースター


今はモニターやテレビ画面の向こう側の人間は、皆スーパーヒーローなのではないだろうか。
僕も、彼女らも、ここにいる皆も。
誰かが、きっと誰かにとってのスターなんだろう。

派手な演出などはなく、照明と演奏だけでこの歌を真っ直ぐに届けてくれた彼女らの姿を、僕は忘れない。

この曲がライブにおける1つのハイライトだったと、個人的に強く思っている。

そして「乗り気」

まさかこの曲で攻めてくるとは思わなかった。
改めて耳に入る歌詞を追っていくと、直ぐにその意味が理解できた。

今ここに存在するのに
必要な物はもう持ってんだ


僕達に必要なのは、過去の当たり前に懐古する心ではなく、今自分がどうあるべきかだ。

女性の生き方、本物かどうか、今この瞬間
椎名林檎がデビューしてから歌っている事柄は、基本的にこの3つしかないと僕は思っている。

そんな中で、この乗り気から「閃光少女」は、僕たちに今を見つめて真っ直ぐに生きる事の大切さを教えてくれる。
明日はどうなるかわからない。だから皆、今この時を生きる。

この曲にひとしおの思いがある亀田誠治の表情が、この日で一番感情的になっている。

スーパースターはメンバーを含め、ここにいる誰の心にも深く刻まれ、名の通り調子の良いサウンドで繋いだ乗り気。
そしてメンバーの精神的支柱であり安定剤の亀田誠治が大きく感情を出したことで、この辺りから完全にメンバーが解き放たれた感がする。

「今夜はから騒ぎ」では、良い具合に力の抜けた演奏の中で、椎名林檎と刄田綴色のリズム遊びにメンバーの顔がほころぶ。

ライブでのコールアンドレスポンス定番の「OSCA」。メンバーがフューチャーされる演奏スタイルでもお馴染みだが、相変わらず伊澤一葉はやってくれる。
毎回伊澤と浮雲が遊びがちなメンバーソロフレーズで、演者も聴き手も完全に拍をずらされる様な音を出してきた。
これにはいつもの遊び相手の浮雲からも笑みがこぼれ、その後も伊澤は音で遊んでみせた。

「FOUR」の駆けながら登り詰める演奏は、ライブを一気にクライマックスへと持っていく流れを感じさせた。

「勝ち戦」では、ファンにはお馴染みのPVが現代のテクノロジーをもって再構築される。
ここでも、一貫された言葉が放たれていて

いまを実感する者だけが勝つ


常に最新が最高であろうとする気持ち。
今を変える事が、結局未来を作っていく。それがわかっているから、迷いなくこんな言葉を言い切ることができるのだろう。

終盤の定番である「透明人間」

 

何かを悪いと云うのはとても難しい 僕には簡単じゃない事だよ

自身に澄んだような心や、季節を仰ぐような穏やかな心があれば。

こんな時代だからこそ、すっと響くフレーズだ。

 

好きなものやひとなら 有りすぎる程あるんだ 鮮やかな色々

 

マイナスに目をつける様な生き方ではなく、いかに自分にとってプラスを増やせるか。

これからの時代はそんな気持ちこそが、何より大切だと思う。

 

今目の前に広がる景色は、今日しかない。

僕の大好きな景色と、音楽。

今日の様なこんな時間が少しでも長く続くよう、明日も頑張ろう。

 

またあなたに逢えるのを 楽しみに待ってさようなら

きっと8年前に振られていたフラッグには、涙を流している人が多かったと思う。

 

けれど今、目の前で椎名林檎が振っているフラッグ。

きっと皆、この旗には強い思いと願いを持って、笑顔で手や旗を振っていたと思う。

 

また会おう。

 

最後に「空が鳴っている」で締める辺りがいかにも東京事変らしく、ライブと言う名のスプリントをやり切り、その姿を煙の中に隠していった。

 

本当に圧巻の1時間半弱。参加できて心から良かったと思えるライブだった。

ニュースフラッシュを終えて

記念すべき再生の年は彼女たちにとっても、世界中の人々にとっても困難の年となった。

バンドとしてもプランを大きく修正をしなければいけなかっただろうし、決断の連続と歯がゆい日々が続いていると思う。

 

けれど僕は、このバンドに本当に感謝を伝えたい。

この時代、人それぞれ支えられている物があるだろうが、僕にとっては彼女らがその大きな一つだからだ。

たかが音楽。ただのカルチャーだ。

 

しかし僕はこの時代だからこそ、本当に自分の好きな物や、日々の生きがいを見つめ直すことが出来た。

東京事変というバンドにはとてつもないエネルギーをもらっているし、彼女たちが活動をしているだけで本当に嬉しい。

自分の好きな物はこんなにも素敵な物なんだと、胸を張って言える。そんな存在だ。

 

だからこそ、ライブビューイングという形であったが、このライブに参加できて心から良かった。

5人がやりたかった事が見えたし、メッセージも自分なりに解釈して受け取った。音も存分に浴びてきた。

 

今回、従来のライブでやるような椎名林檎ソロ名義の曲は、演奏をしていない。

5人がフューチャーされる演出も多く、東京事変という存在を5人が大切にしていた印象を受けた。

 

これからも、きっと彼女らはなんらかの活動をしてくれる。

そんな期待を感じさせる、ライブだった。

 

ありがとう、東京事変。また会える日まで。

 

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