クマログ

kumaが家事や音楽や映画や考え事について静かに綴るメディア。

予定調和を飛び越えろ

特に何もない、いつもの休日。

妻にウォークマンをプレゼントした。


今使っているのが古くて、すぐに電池が切れてしまうと言っていたから。
何より僕の好きな『音楽を聴く喜び』を、妻にも感じてほしいなと思ったから。


妻はすごく喜んでくれた。



今日は誕生日でも何かの記念日でも、なんの日でもない。


だから、妻の心を動かしてみたくなる。


慣れてしまう事

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贈り物を送るときってあるよね。

誕生日、相手との記念の日、クリスマス、バレンタインデー、ホワイトデー、父の日、母の日…


世の中には『この日は祝いましょう』という感じで、決まった日に喜びを分かち合う日がある。

あるというか、設定されている、



昔はこういう決められた日に、前ならえで祝ったり喜んだりするのが嫌いだったけど、今は一周回って素直に好きになれている。



でもそれって本当に面白い事か?


もちろん楽しみにしている予定や、イベント事が毎年巡ってくるのは嬉しい。


けれど、予定調和な未来や人生だけ送るのは退屈だ。



僕は映画が好き。


予めわかっている出来事が淡々と進む映画のストーリーや結末に、心動かされる事は少ない。


『ここで泣いてください!』『この出来事が大事なポイントですよ!』『最後は決着つきますから大丈夫!』
単調な脚本や結末で感じた、喜びや感動。
濃かった筈の物が、薄まってしまう感じ。


そんな物語は、追っても楽しくないでしょ?


トム・クルーズが限界に挑戦し続けたり、サミュエル・L・ジャクソンが「マザーファっ…」って言ったり、タランティーノが終盤で毎回スクリーンを血の雨にするような予定調和。

これは大好きね。笑
このあたりはもう演出する方も受けとる方も、対象物への愛に満ち溢れているから。



日常は勿論大切だ。当たり前の事が当たり前にできて、喜びを感じる事ができる。


毎朝起きて、食事をして仕事に行き、仲間や大切な人と会う。家へ帰り、自由な時間と繋がりに安らぎを感じる。

そうやって幸せな出来事や季節を巡って生きていく。

最高に幸せだ。


だからこそ、その素晴らしい日常にちょっと変化や驚きを加えるだけでもっと最高な物になるって思わない? 


予定調和を飛び越えろ

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サプライズが嫌いな人っているよね?

僕も昔は嫌いだった。笑
かなりの面倒くさがりな僕は、人生において安定した日常があればそれでいいと思っていたから。


サプライズが嫌いな人っていうのは『する側』と『される側』の温度感の違いが、何とも言えないサブさになってしまうからだと思うんだ。



「いええええええええい!!!おめでとう!!!どうこれ!?結構頑張ってみたんだよ!?」

(え…そんなに頑張っちゃったの…?なんか恥ずかしいんだけど…そこまでしなくても…。)



この温度感の違いによって感じる恥ずかしさや申し訳なさが、場の空気感をさらに静かな物にしてしまう。

相手に感じる申し訳なさ、気遣う面倒臭さ。



これだよね。



サプライズなんてするつもりは無いんだ。驚いてもらおうなんて思ってない。
ただ、ほんのちょっとだけ見える景色を変えようとしてるだけ。


予定していた物にちょっとプラスが加わるだけで、その後過ごす時間が大きく変わってくる。
嬉しくなって、モチベーション上がって、変化を恐れなくなる。


毎日同じ様に過ごせる事の素晴らしさはわかってる。
本当に最高だ。それがあって初めて色々な思考が新鮮に湧いてくる。


僕の休みの過ごし方は、基本変わらない。
休みの日は音楽を聴いて、映画を観て、自転車で出かけて、カフェでブログを書いたり考え事をしたり。

楽しみにしているランチもお気に入りのお店に行くことが多いし、夕食も気に入っているメニューはいつも一緒だ。
それを最高に楽しむのが、僕の休日だ。

だから突発的に今から○○をしよう!!って急に立ち上がって、一日それに全力投球するって事が無い。


でも、それを変えてくれたのは妻だ。


急に言い出すんだ。

「ねえ!今日は最高に美味しい中華を探して食べに行ってみようよ!」
「たまにはこれもいいんじゃない?やってみなきゃわからないじゃん。」


僕の感覚は決まっている。しかし妻のボールは想像しない所から飛んでくる。僕はそのボールをキャッチできない。
それイイね!とすぐにリアクションできない所が、僕のツマラナイ所だ。

でも、こぼれ落ちたボールを屈んで手に取って目の前を見上げてみる。
するとそこはさっきの自分の世界とは、違う場所にいる気分になる。


忘れかけていた楽しさや、これが新しい日常になっていく発見がある。
この小さな進路変更をしなければ、出会えなかったかもしれない自分。


僕はきっと、失敗するのが嫌なんだ。
時間を無駄にした。美味しくなかった。気持ちよく過ごせなかった。


だけど、それは新しい事にチャレンジする精神をどんどん弱くしてしまう。
別に独立する訳でも、誰かと結婚する訳でも、新しい家族を受け入れる訳でも無い。そんな大きなもんじゃない。

けれど、この小さな喜びを得る新しいチャレンジをしないという事は、そういう人間になっていく気がする。


大事なのは結果じゃない。
そこに飛び込んだ勇気と、経験値だ。


だから、日常に変化をつける事が大きな意味を持ってくる。


予定された明日より、少しの変化をつけて予測できない発見がある明日の方が少し輝いて見える。


だから、何があるかわからない明日に期待する様な自分でいたい。


毎日に少しの変化と発見を

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人生は選択の連続だ。

一日の中にさえ、何度も無意識に選択している事がある。

着て行く洋服、どのメールやSNSをチェックするか、昼食のメニュー、仕事上の意思決定、相手にどのタイミングで話しかけるか、いつ入浴するか、寝る前のスマホのやめ時…


ほんの些細な事でも、少しずつ選択をして生きている。
だけどそれはストレスでもある。自分の意思でどちらか決めなければ進まないから。


だから物事があらかじめ『決定』されていれば、生きるのは楽だ。
ティージョブズは、毎日同じ洋服を着る事で無駄に考えるエネルギーやストレスを無くしていた。

とても効率的で合理的だ。


けど、あらゆる事がそれじゃ『面白くない』


僕は人生に途方もなく大きな夢や、崇高なミッションを抱えている訳じゃない。
人生の様々な出来事を、全力で楽しんでいきたいだけ。


少し変えてみたいんだ。自分の心を。周りの心を。


妻の影響を受けてから、僕も少し変われたような気がする。

選択の先を成功や失敗の結果の考えだけと思わず『自分がどう感じてこれからどうしたいか』という考えにシフトする様になった。


それで、どうしたくなったって?


この感覚を誰かにも感じてもらいたいって思った。

いつも通りの日常に少しの喜びが加わる事で、心が充実する様な毎日になる事を。


だから僕は、誰かの心を動かしてみたい。

僕が書いているブログの内容は、主に日常や趣味の事だ。
そんな誰もが過ごしている日常の世界の中に、自分だけにしか無い考えを伝えてみたい。


誰かの明日が少しだけ変わって、良い一日を過ごせる。そんな願いと思いを言葉にのせていきたい。


誰かの何の変哲もない一日に、自分の言葉や思いが少しでもプラスに働いてくれたら。
そんな嬉しい事ってなかなか無いよね。


僕は今日も、自分を変えていきたい。
誰かの心を動かしたい。


それが今自分の、一番やりたい事だ。


次は、誰の心を動かせるだろうか。
どんなワクワクする道を選べるだろうか

今日も僕はそんな事をぼーっと考えながら、この好きな時間を過ごしている。

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