クマログ

Mr.Children、音楽、映画、家事、ライフハック、考え事について、森から熊が発信するメディア。

他人に嫉妬するより、自分を表現した方が幸せでしょ?

自分を表現できている人って幸せだなって思うんだ。


当たり前だけど、これってすごく難しい。


多種多様な生き方や表現が認められ始めている、今の時代。



僕は、ブログとTwitterを始めて半年がたった。


そこで長い事避けていたSNSの面白さを、再発見できた。


けれど同時に

何の繋がりも無い他者にひどい言葉を浴びせる。
他人の誤りを指摘しなければ気が済まない。

こんな人や、やり取りを目にする。


どうして面識の無い人に、ここまで対抗的になるのか?


なぜ嫉妬する?

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手軽にイイねで承認欲求を満たせる。自分のできる事を発信して、周りに認められる。
それがスマートフォン一つで可能な時代。


けれど、その逆も然りで。



対面していないから、自分の好きな事を言い放題。


自分の考えと異なる意見だったり、明らかに違う事を言っている人に対し何かを言いたくなる。


『自分はアナタとは違うよ』って事を表したくて仕方ない。


それが対面していない、ネット上の環境だから。画面上で文句を言うだけ言って、自分は実際に傷を負わずに済むから。

だから言葉はどんどん軽くなり、容易に相手を傷つける刃物となる。



人間は面識のない人にこんなにも攻撃的になれるっていうくらいに、ひどい言葉を浴びせる。

自分の方が優れているっていう優位性を見せつけないと、自分の気持ちを保っていられない。

他者の意見の集合体を読んで、それをさも自分の意見として相手に浴びせる。


薄っぺらい『自分』の出来上がり。



その人が罪を犯した訳でも、自分に何か実害があった訳でもないのに


人が自由にやっている事に対して、何かひとこと言ってやらないと気が済まない。
それで自分の小さな自尊心を満たせるから。

他人の価値を落とす事で、相対的に自分が優位になっていると勘違いしないとやっていけない。


勿論表現する人がいて、批判する人がいる。


これは凄く健全な事。何も間違っていない。

建設的なやり取りがあって目の前の物の価値が上がるなら、どんどんやるべきだ。

だけど皆自分のポジションや心を守るのに必死になる。
目の前のダイヤモンドの原石を磨く考えはどこかにいってしまう。


なんか、やるせないよね。


じゃあ自分は何をする?

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そんな世界の一部にはなりたくない。

他人をインスタントな批判で落とす事に時間を使っているくらいなら、自分を少しでも高められる事に時間を使いたい。

そんなインスタントに得られる快感や幸せなんて、たかが知れている。


誰に迷惑をかけている訳でもなく、自分を表現している人たち。
それぞれにやり方があって、考え方がある。


それが気に入らないなら、ただスルーすればいい。


もし本当に助言する気があるのなら、それ相応の表現がある筈。



でなければ『他者の批判』より『自分の表現』をした方が、よっぽど良いって思うんだ。


『言わせとけ』って余裕が自分に無いから、噛みついてしまう。


自分の心や時間が充実している人は、そんな物に目もくれていない。
くれる暇なんてなくて、常に一歩ずつ先を歩いていっている。

そんな事に気付いていない人は、今日も自分のちっぽけな自尊心を満たすお手軽なネタや他人を見つける作業を続ける。



自分も僻んでばかりだった。


良いものを素直に認められなくて、他人と比べる事でしか自分の存在価値を認められなかった。


そうしていた方が楽だから。

人が作った囲いのあるプールの中で、守られて気持ちよく浮かんでいるだけ。


ボタン一つで画面を更新し続けて、また自分を誤魔化すだけ。

新しいネタを見つけるたびにつまらない快楽に浸って、自分がどんどんくだらない人間になっていく。



冷たい海に、飛び込む勇気が無かったんだ。

先が見えなくて、荒波に揉まれて溺れてしまうかもしれないから。


だから頑張っている人、輝いている人を僻んでいた。


自分には無い物を持っている人が羨ましくて。




嫉妬。そこには嫉妬しかない。



変わらなきゃ、ずっとこのままだ。
ずっと他人に目を向けていきていくだけの人生だ。


この人生は、何の為にある?
今過ぎて行く時間は、何の為に使うべきだ?



こんな人生はもう嫌だ。


だから、僕は変わった。


自分を表現しようよ

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他者を落として、自分を認めるなんてしたくない。

自分が誰かに嫉妬していると感じたら、一度立ち止まってみる。


自分はこの人の事が羨ましいんじゃないのか?
なら、この人から学ぶべき事がある筈だ
なりたい自分になる為に。



自分を表現して自分を認めたい。他者に認められたい。

嫉妬すらプラスのエネルギーに変えられるくらいに素直になって、自分を一つでも高められる表現をする。



批判はあって当たり前だ。
考え方なんて千差万別で、それぞれに主張がある。


だから何を言われても、受け入れる。


今の自分にはその強さがある。

批判を受けるってマイナスじゃない。
『自分を表現できている』って証明だよね。


そうでなければ、ずっと隅でうずくまっているだけだ。
他人に伝わらない嫉妬の声を上げて。誰にも伝わらない落書きを壁にし続けて。


何もやらなければ、誰からも批判なんてされない。誰からも興味を持たれない。


嫌われもしないし、愛されもしない。


だから様々な声が自分に届くっていう事は、少なからず自分が他者に影響を与えてるって事。


僕はこのブログを始めて、考え方や主張に対して温かい言葉を幾つも貰った。
出会った事も無い人たちに。見ず知らずの僕に意見をくれた。

自分では気付いていなかった物に、改めて気付くことが出来た。


賞賛も酷評も、全てを受け入れる。
そうやって一つずつ、自分を積み上げて行く。


そうすると景色は全く違う物になる。


前の景色が嘘みたいに、視野が広くなる。
自分のちっぽけな世界を守る事に、エネルギーを使っていた毎日が変わる。


この景色さえ見てしまえば、もうこっちの物だ。



人生ってその人がいかに楽しんで、満足した形で最後を迎えるのか

これがとてつもなく大事な気がする。


他者に嫉妬して、僻んで、噛みつき続けて


明日死ぬかもってなったらどう?

その時の景色はどんな景色なのかな。


後悔と苦しみしか無いと思うんだ。




僕はそんな生き方、もうできない。



自分の人生が幸せかどうかって、自分にしか分からない。

他者が示す物差しなんかで、その価値は計れない。


だから、自分が良いと思うものを心からやり切った方が幸せだ。


『やったもん勝ち』


これだと思ってる。


自分であり続けよう

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一番大切な事は、その努力をし続ける事。


気持ちが負けそうになる事だってある、辛い思いをする時だってある。


自分自身を超えようと、もがいているから辛いんだ。


自分の限界と必死に戦って、もう一つ次の自分へ進もうとしている。


僕はもう、自分に負けたくない。
だから努力して、表現し続けないといけない。


仕事、趣味、生活、人間関係、思考。

どんなに小さな事でも良い。それがたとえ僅かしか進まなくても。
他人がどう言うかなんて関係ない。

他人の物差しで測れない場所に、自分はいるんだから。


昨日の自分より、成長できたか?
そう自分に問いかけた時に、常に答えに満足していたいんだ。


今日一日の自分が終わる時に、良い穏やかな顔ができているか。
そこの感情に正直でありたいし、素直に向き合っていたい。


明日が最後なのかも知れない。
だから、明日も自分を精一杯生きよう。


そうやって、人生を進んでいきたい。